法月綸太郎『誰彼』

 「首のない死体」の一般的な機構およびその発展について

誰彼 (講談社文庫)

誰彼 (講談社文庫)

あらすじ

 謎の人物から死の予告状を届けられた新興宗教の教祖が、予告通りに地上80メートルの塔の密室から消えた。
 その四時間後にマンションの一室で首なし死体が見つかる。死体は何者か? 首を奪ったのはなぜなのか? この謎に名探偵・法月綸太郎が挑む。

感想

 見事なまでに「推理」小説といった感じの快作。
 「首のない死体」という本格ミステリの基本コードともいうべきものに対して、コリン・デクスターのように次々と仮説を組み立てては壊す、という離れ業をやってのける。
 「首のない死体」自体は解決のパターンが非常に限られている謎だが、作者はちょっとした工夫によって、見事なまでに華麗な推理の綾を生み出していく。なるほど、こういう発展のさせ方があったのか、と感心した。
 作者の心意気に敬意を表して★★★★★


以下は『誰彼』ネタバレにて注意!
 この作品で描かれている「首のない死体」だが、本格ものの場合、一般的には二通りの解釈しかない。

  • 首のない死体は、被害者を誤認させるためのものである。したがって犯人は被害者と思われていた人物である。
  • 首のない死体は、被害者を誤認させるためと思わせるものである。したがって犯人は一般的に考えられる通りである。

 この作品の面白いところは、「首のない死体」に「補聴器」と「双子」を絡ませたことである。特に補聴器のあるなしによって「教祖は実は耳が聞こえた」「補聴器がないから死体は教祖ではない」などの新しい推理が次々と生まれては崩されるという離れ業を可能にしている。