鮎川哲也『りら荘事件』

りら荘事件 (創元推理文庫)

りら荘事件 (創元推理文庫)

あらすじ

 夏期休暇を過ごすべく、奥秩父の「りら荘」に集まった日本芸術大学の学生たち。癖のある学生達の間にはどことなく波乱含みの空気が流れていた。
 一夜明けて、りら荘を訪れた刑事がある男の死を告げる。死体の傍らにはりら荘にあったトランプのスペードのA。それは続発する殺人事件の先触れだった……。

感想

 今回再読しましたが、これはやっぱり傑作です。
 といってもこの作品、別に衝撃のトリックや華麗なロジックが炸裂するわけではありません。魅力的な密室の謎や怪奇的な雰囲気もないし、死体に妙な細工が施されていることもない。一応容疑者は限定されているが、外部から隔絶されていないので強烈なサスペンスもない。せいぜい死体の横にトランプが転がっているくらい。
 はっきり言って、これほど本格の道具立てに乏しい本格というのもめったにないでしょう。
 では何がこの作品を傑作にしているのか。それは作者の超絶的なテクニックです。
 この作品で用いられる伏線やトリックはほとんどが小技と呼ばれるものです。しかし一つ一つの小さな煌きを丹念に集め、絶妙な形に組み合わせることで芸術的といっていいような「りら荘」という宝石を作り上げる、その手腕が素晴らしい。再読でもその輝きはまったく衰えません。
 これぞ『推理』小説、という一品。