森博嗣『夏のレプリカ』

なんかね、いや、上手いなとは思うが

夏のレプリカ (講談社文庫)

夏のレプリカ (講談社文庫)

あらすじ

 大学院生の簑沢杜萌は、夏休みに帰省した実家で仮面の人物に誘拐された。杜萌も別の場所に拉致されていた家族も無事だったが、なぜか兄だけが消えてしまった。
 夏の日に起こった事件の真相は?

感想

 ちょっと作者の作る特異なキャラクターが裏目に出てしまったかな、という印象の作品。
 根幹となるトリックは非常に面白いと思うし、それに支えられた事件の真相もシンプルに意外性を突いた綺麗な構図である。
 だが、犀川の発言から読み取れるような*1作者の意図通りにはミステリとしての意外性が機能しなかったのではないかと思ってしまう。
 その最大の原因は個々のキャラクターが浮世離れしているというか、やや超然とし過ぎていることか。どうもちょっと狙いがズレてしまったような感じが気になる。★★★★☆


 以下、『夏のレプリカ』ネタバレ
 個人的なこの作品の不満は「叙述トリック」と「キャラクターの相性の悪さ」である。


 この作品内で犀川は萌絵に「観察者によって事件の様相は変わる」という発言をしている。
 犀川が既に事件の真相を察していたことを考えると、この発言は萌絵が犯人である杜萌の証言を全面的に信用していることに対する警告ととれなくもない。
 また、読者は第二章の内容から萌絵と同じような錯覚に陥るように仕組まれている。
 つまり萌絵―杜萌の関係と読者―第二章の関係がほぼイコールなのである。


 ところが、萌絵が杜萌を全面的に信用しているという描写・理由付けが希薄なため、真相解明の段階でこの関係が有効に活かしきれてないと思えてしまう。
 「良くできた叙述もの」以上の効果があがっていないのだ。
 そこがちょっともったいないと感じてしまう。

*1:それとも深読みしすぎだろうか